第2講
環境技術としての建築
3.
場所の認識と構築物
2)
自然の擬人化―神域Sanctuaryの認定
地母神信仰と大地の擬人化/デルフィの神域/神奈備/洞窟——地下空間(胎内のイメージ)/マルタ島の神域/アトレゥスの宝庫
ブッシュメンやピグミィにおけるキャムプ地の選定がどのような判断によって行なわれているのかはよく分からない。またロムルスとレムス兄弟がローマの境界を定めたときも、おそらくそれに完全に合理的な理由付けを与えることは困難であろう。そしてその判断の如何よりも、その選定の結果として場所に与えられる意味の展開の方が重要であるかに見える。しかし一般により「高度な」文明を持つとされる人々の間では、逆に場所が本来的に持っていた意味が、場所の発見を促したとしている場合が多い。いわゆる「神域」ないし「聖域」と呼ばれる場所の認定・発見のケースがそれに当たる。¶
古代文明の初期には、大地が豊穣を約束してくれる「母なる大地」として信仰の対象となり、大地は女性形で呼ばれ、そのシムボルとして豊満な肉体の女性神(地母神)像が作られることが多かった(特に古代地中海文明には顕著である)。たとえば、ゼウスが率いる「オリュムポス十二神」が君臨する以前のギリシア神話では、大地「ガイア」Γαι̃αと冥界を司る神「クロノス」Κρόνοςが重視され、その神域が各所に定められていた。そしてその際の認定の理由は、多くの場合、その地形を人体になぞらえることから発していたように見える。洞窟や谷あいの泉が胎内や生殖器になぞらえられ、丸い形の丘陵が乳房とみなされ、そのゆえにそうした場所が聖域とされるという現象は、ギリシア各地の神域のほとんどの例で指摘されるところである(日本の古代におけるかんなび神奈備(かんなび)〔あるいは甘南備。信仰の対象となる山などを指す。語源は朝鮮半島の言葉から出たものとも言う〕も同様な例と考えられる)。その最も有名なものはデルフィDelphi (Δελφοι) の神域であるが、パルナッソス山の裂け目からほとばしる急流やその両側の急峻な断崖などから、この場所が「世界の中心」(“ομφαλός γής”)と考えられ、地母神ガイアとその息子ポセイドーンΠοσειδώνあるいはピュトンΠύθων(大蛇)の聖地と定められていた注)1。¶
こうした土地の擬人化は様々なアナロジィに発展し、神殿が洞窟になぞらえられるような構築物として造られるまでとなる。古典期ギリシアよりはるか以前の古代地中海文明に属するとみられるマルタ島の古代遺跡群(B.C. 2800-1500)の多くは、巨石を積み上げて複雑な洞窟状の空間を造り、その中で神託を聞くように仕組まれていて(壁にある穴から神託の声が響くようになっていた)、周辺から出土している女人像などから見て、おそらく地母神を主祭神とするものであったと考えられている。¶
洞窟は胎内とのアナロジィで捉えられると同時に、一方では地下世界=冥界への入り口とみなされる場合も多い(古事記の黄泉(よみ)の世界の記述や「オルフェウス伝説」を想起されたい)。したがって洞窟的空間が墓などに充てられる場合が多い。古代エーゲ海文明に属するミュケーナイMycenae (Μυκη̃ναι) の遺跡の通称「アトレウス家の宝庫」Treasury of Atreus(B.C. 1300)は石造の巨大な擬似ドームを厚く土で覆った洞窟的空間で、おそらく誰かの墓(トロイア戦争のギリシア軍総大将アガメムノーンΑγαμεμνώνか?)であったと考えられる。こうした形式の構築物はこの時期のギリシア全土に広く見られ、「トロス」tholos (θόλος)と呼ばれるが、この名称は後には円形の構築物(特に神殿)一般の名称にも充てられるようになる。そして興味深いのは、そうした円形神殿に祀られるのが、多くの場合、地下世界と関連する神であることである。たとえば、現存する古代ギリシアの円形神殿の多くは、医者の神とされるアスクレーピオスΑσκληπιόςを祀るものとなっているが、医術は死者を冥界から呼び戻す技術であり、それゆえアスクレーピオスは冥界に属する超能力の存在なのである。つまり円形神殿は、地上にあっても、地下世界=洞窟を表現する構築物であると見なされていたのである。¶