第2講  環境技術としての建築

1. 「第二の自然」としての建築―持続性

2) 幾何学的形態
ピラミッド/コロッセウム/ローマ植民市の円形競技場とその遺産/パンテオン/ブレー


一般に自然界(特に生物有機体の世界)には完全な幾何学的形態は存在しないと考えられており、従って建築に見られる直線や直角、あるいは完全な円形などの形態は、「人工物」であることの最も端的な表われであって、自然とは「対立する」ものであるとされているようである。とすれば幾何学的形態をとる建造物は永久に「第二の自然」とはなり得ないはずであるが、実際にはどうであろうか。サハラの砂漠に置かれたギゼーのピラミッド群注)1は、すでに「遺跡」であるという点で「第二の自然」の要件を備えてしまっているわけだが、衝撃的な幾何学性は失われていない。また、ローマのコロッセウムColosseum注)2も、あの明確な楕円形平面の輪郭を遺しつつ、ローマの「七つの丘」と同様に、その自然的環境の一部となっているのではないか。更に興味深い例を挙げるなら、南仏アルルArlesの町に遺る、コロッセウムと同様な古代ローマ期の円形競技場注)3は、ローマ帝国滅亡後、その中に人びとが移り住んで、「都市」となっていたことが知られている。また北イタリアの小都市ヴィチェンツァVicenzaの町には、古代の半円形劇場が、その地上部分は完全に失われてしまっているにもかかわらず、その輪郭を縁取るように後世の建物が立ち並んでいるのである。同様なケースは中部イタリアのフィレンツェFirenzeの町のローマ期円形競技場の跡にも見られる。もっと極端な例では、フィレンツェと同じトスカーナ地方のまちルッカLuccaでは、アルルの場合と同様に、ローマ帝国滅亡後、その内部が住居群や市場として利用され、それらが幾度も造り変えられる間にもとの円形競技場を構成していた石材は全く失われ、やがて近世に至って住居群が取り払われて出来上がった楕円形の広場(円形競技場の「ネガ」)が、近年にいたるまで市場として用いられていたということもある。これらの例では、幾何学的形態はむしろ、人間がある特徴的な自然条件を利用して建設行為を行なうのと同じように、次の世代が建設を行なうための手がかりとなっていたのである。

そして注目しなければならないのは、これらの例では、完結した幾何学的形態がその中に都市を収めることができるほどの「巨大さ」と結びつくことによって、互いに他を引き立て合っていることである。それらはそれぞれが自己を主張するためには、他を必要とするのである。そのような意味で、古代ローマの円形神殿建築「パンテオン」Pantheon注)4は永遠のモニュメントとなる特質(タイプ)を獲得したと言える。そしてこのタイプを目標とすることから、無数の夢が生まれてきた。フランス大革命前夜、建築塾を開いて若手建築家の育成を行なう傍ら、黙々と実現するあてのない壮大な空想的プロジェクトを描き続けていた建築家ブレーEtienne-Louis Boullée (1728-99)注)5のアイデアの多くは、パンテオンなくしては生まれ得なかった。そして凡そドームを持つ建物はすべて、パンテオンを意識することなしに造られたことはなかったのである。

建築における幾何学的形態そのものは、たとい建設者がそこに様々な「表現」意図を盛り込もうと意図していたのだとしても、幾何学的特性以外の意味との特別な連合関係を結ぶことはしない。それは常に建設者の外からの表現的意図を裏切るのである。ブレーの作品に見るある種の悲劇的な相貌は、幾何学的形態を何らかの精神的意味と一対一で対応させうるはずだとするネオクラシシストとしての彼の信条と、その形態の自律性との間の相克がもたらすものに他ならない。幾何学的形態が何らかの「意味」を発生させるのは、建設者がその幾何学的特性の自律的展開過程に介入し、あるいはそれを促しあるいはそれを阻止するような操作を行なった場合であって、その場合の「意味」とは、純然たる「形式」のドラマであり、繰り返しによる特定のモチーフの優越性の強調や、モチーフ間の対立ないし相互否定といった内的な関係性から生じるものなのである。ルイス・カーンLouis Isadore Kahn (1902-74)注)6の建築における幾何学的形態の展開は、そうした内的ドラマの好例であり、それがときとして古代のモニュメントに匹敵するようなある種の「壮大さ」を創り出すのであるが、それを外在的な意味付けによって説明したり、あるいはカーンの「保守・反動的」性格のゆえであるとするような批評は、われわれにとってはほとんど意味を持たない。


Pyramids of Gizeh. 古王国時代第4王朝の王たちの墓(B.C. 2700-2500). ピラミッドの成り立ちや工法については第3講で触れる。


コロッセウム Colosseum (Colosseo=Amphitheatrum flavium),Roma, 70-82 A.D. これについては第4講で触れる。


アルルの円形競技場 Arène de Arles, 2nd half of 1st C.

ヴィチェンツァの古代劇場 Teatro Berga, Vicenza, 2nd half of 1st C.

ルッカの円形競技場跡 Piazza del Mercato (Anfiteatro romano), Lucca, 2nd C.


Pantheon, Roma. ローマ市街中心部に建つ巨大なコンクリート造の円形神殿。かつてアグリッパAgrippaの神殿があった跡地に、120 A.D.に皇帝ハドリアヌスHadrianus (76-138)の設計によって建造されたと言われる。この建物については第4講で触れる。


Etienne-Louis Boullée , Architecture, essai sur l’art (ms., c. 1788; Paris Bib. N.); English trans., ed. H. Rosenau, Boulleée’s treatise on Architecture, London 1953

cf. J.-M. Pérouse de Montclos, Etienne-Louis Boullée: Architecture, essai sur l’ art, Paris 1968


最晩年のダッカDacca のマスタープラン (Sher-E-Banglanagar Master Plan,1962-74) やアーメダバッドAhmedabad の経営大学マスタープラン(Institute of Management, Master Plan, 1962-74) などにはそれが最も強く表われており、特に様々な段階でのエスキース見てゆくと更にはっきりと読み取られる。カーンの作品集としては、これまでのところ、Heinz Ronner, Sharad Jhaveri, Alessandro Vasella, ed., Louis I. Kahn. Complete Work. 1935-74, Zürich 1977 が最も完備したものである。


prof.Fの
西洋建築史講義

index
§1.
建築の歴史と方法
ウィトルウィウスからヴェントゥーリまで
§2.
1.
0)
自然への介入としての建設行為/場所のイメージ/集団的記憶
1)
巨大さ/バベルの塔/出雲大社/メガロマニア/巨大さから建築を逆照射する/ダイダロス神話
2)
ピラミッド/コロッセウム/ローマ植民市の円形競技場とその遺産/パンテオン/ブレー
3)
測地学的スケール/プラエネステ/万里の長城/ガールの水道橋/トラィアヌスのマーケット/イタリアの山岳都市/レオナルドの積層都市建築/アダム兄弟のアデルフィ計画/ブルーノ・タウトのアルプス建築/Land Art/クリストの「梱包計画」/イサム・ノグチ
4)
異物としての大聖堂/モニュメントの異物性/グッゲンハイム美術館/ロトンダ/パラディアニズム/ジェファスン/エゥリュサケスの墓
2.
3.
§3.
構造物としての建築(1)
§4.
構造物としての建築(2)
§5.
建築と都市
§6.
建築と絵画
§7.
建築と文学
§8.
建築と政治
§9.
宗教と建築
§10.
社会制度・文化と建築
§11.
遊びと建築
§12.
建築と建築技術者
§13.
建築とユートピア
link
ウロボロス建築抄:Prof.Fの口演録