第1講
建築の歴史と方法
―ウィトルウィウスからヴェントゥーリまで―
4.
様式史の展開
2)
時代精神Zeit Geistとしての様式
ヴィンケルマン/ヘーゲルと「時代精神」としての美術様式/ブルクハルト
ゲーテの項で触れたごとく、美術の様式をはじめて民族の精神性と結びつけて論じたのは、ドイツの歴史家(というよりは好古家antiquarianというべきか)ヴィンケルマンJohann Joachim Winckelmann (1717-1768) の「古代美術」注)1であった。この著作の意義は、既知のギリシア民族の特性から美術の特質を論ずるのではなく、逆にその美術の方からギリシア民族の精神的特性を抽出しようとしたということであり、このことによってはじめて、骨董屋的真贋鑑定のなりわいから抜け出して、他の学問分野の援けを借りずに、美術自体の中から歴史を見出すという、「美術史学」の自立の可能性が生まれたということにある。従って彼にとって美術作品とその様式は、単なる物言わぬオブジェではなく、それ自体が人間と同様、生成・発展・成長を遂げるのみか、老化・衰弱・死滅することもあるような一種の有機体として捉えられていたということになる。¶
このような考え方は哲学者ヘーゲルGeorg Friedrich Hegel (1770-1831) に受け継がれて、美術の様式は「民族精神」Volksseeleの「根本的態度」Grundhaltungenの表出であり、それが時代の中で、「自己展開を遂げる世界理性の必然的な意識の諸段階」を経て成熟し、「時代精神」Zeitgeistを形成するという、独特のドイツ的・形而上学的な歴史哲学が出来上がる注)2。近代ドイツの美術史学のほとんどは、こうしたヘーゲル的テーゼの上に築き上げられており、従ってその主たるねらいは、「様式」の「自己展開」の法則を見出すことに向けられ、更にそれを物差しとして民族の精神的段階を評価する(!)ことに努力が注がれるのである。こうした傾向に対しては抵抗が全くなかったわけではなく、美術史学の基本は美術の鑑賞であり、鑑識眼を磨くことであるという態度を堅持する学者もあった。バーゼル大学で美術史を講じた歴史学者ブルクハルトJacob Burckhardt (1818-97) はそうした一人で、イタリア美術を扱った著書「チチェローネ」注)3は、まさに美術享受の楽しみを語ることを目標として書かれたものであった。しかしその彼にしても、美術が民族精神の表われであるという考え方から離れることはなく、名著「イタリア・ルネサンスの文化」注)4は、イタリアの民族精神とその歴史的意義を説くことが主眼となっていたのである。¶
Geschichte der Kunst des Altertums, Dresden 1764. ヴィンケルマンは永くローマにあってアルバニ枢機卿の蔵書や収集古代美術品の整理の仕事を任されたことから、独学で古代美術、特にギリシア彫刻の研究に打ち込み、この大著をものした。しかし彼が研究のために用いた古代ギリシア彫刻のほとんどは、当時としては致し方のないことではあったが、実はローマ時代の模作であった。
「歴史哲学」Vorlesungen über die Philosophie der Weltgeschichte, 1837.
Der Cicerone. Eine Anleitung zum Genuß der Kunstwerke Italiens, 1855 (部分訳のみ。) これはイタリア美術の一種のガイドブックの体裁をとっている。なお、「チチェローネ」とは古代ローマの文人キケロ Marcus Tullius Cicero (106-43 BC.) の名から出た言葉で、キケロが美術愛好家であったことから、「美術愛好家」ないし愛好趣味というような意味で用いられている。
Die Kultur der Renaissance in Italien, 1860 (柴田佑三郎訳、「イタリア・ルネサンスの文化」、中央公論社、1966)