第1講
建築の歴史と方法
―ウィトルウィウスからヴェントゥーリまで―
1.
建築を「タイプ」でとらえる
―古典主義の観方―
1)
ウィトルウィウスの建築論
古典主義と「建築十書」/「タイプ」と規範/円柱形式と「オーダー」
「タイプ」による建築の捉え方の典型的なものは、18世紀以前のいわゆる「古典主義」Classicismの建築観に見られるものである。「古典主義」とは過去のある時点での文化——たとえば古代ギリシア、ローマの文化——を理想とし、それを継承することを目標とする文化を指し、西洋建築においては、15、16世紀のルネサンスRenaissance期、17世紀から18世紀半ばにかけてのバロックBaroque、18世紀の新古典主義(ネオクラシシズム)Neoclassicismなどがそれにあたるとされるが、そうした傾向は他の様々な時期の文化にも見られることであって、それらの一般にいう「古典主義」が手本としていた古代ローマの建築自体の中に、すでに現われていたことであった。最古の建築理論書とされる古代ローマの建築家ウィトルウィウスMarcus Vitruvius Pollio (fl. 1C. B.C.) が著わしたとされる「建築十書」注)1は、古代ギリシアの建築を手本とし、それらの各タイプに見られる様相から、すべての建築が従うべき「規範」を導き出そうとするものであった。¶
そこでは、古代ギリシアの神殿が円柱columnの形式によって三つのタイプ(ドーリス式Doric/イオニア式Ionic/コリント式Corinthian)に分類され、それぞれについて従うべき規範(その主体をなすのは部材相互および建物全体としての寸法比例proportionである)注)2が経験的に導き出され、それが神殿建築のみならず、あらゆる用途の建築にも適用される原理とされるのである。この場合「タイプ」の認識は、構造材料(木、石、煉瓦など)と当時用い得た構造技術から現われたプライマリィな建物形態(長方形平面で壁と円柱で支えられ、切妻屋根をそなえた建物)が最初に前提され、そこに円柱の形状の種類によって分化したタイプが加わり、更に規模による分類、そしてそれら各タイプに固有の寸法比例が与えられ、それらの様々な組み合わせがまた新たなタイプを分化させるという仕組みになっている。ウィトルウィウスは必ずしもそうしたプロセスを明快に整理してくれてはいなかったし、彼の中では、古代人特有の神話的起源論と素朴な目的合理主義的思弁とが交錯していて、むしろその記述は混乱のきわみというべきだが、しかしそのことはかえって「タイプ」の生成のメカニズムとそのレヴェルの多様さ・複雑さを示すものと言ってよいであろう。技術的制約のもとで生まれた架構方式や形態、あるいは特殊な社会的要請から生じた平面形態などが「タイプ」となることもあれば、まったく別の動機から生じた装飾的細部が「タイプ」とみなされることもあり、そうした過程で三つの円柱形式そのものや、ドーリス式神殿の形態までがそっくりそのまま「タイプ」となってしまう。¶
こうした考え方は15世紀以降の西欧で再び取り上げられ、様々な解釈が付け加えられながら、19世紀まで生き続け、その間にウィトルウィウスの「建築十書」は建築理論の最高の典拠とされるまでになる。これは一見したところではきわめて保守的で固定的な考え方のように見える(事実、ウィトルウィウスは彼の時代に現われ始めていた新しい建築手法に対しては、一貫して批判的であり、300年以上昔の古代ギリシアの建築が最も優れていると頑固に信じ込んでいたようである)が、このようにして認識された建築のタイプは、やがて言語が文学活動の素材となる場合と同様、限られた要素と一定の「文法」に従いつつも、無限の展開を遂げることとなるのである注)3。¶
「建築十書」De Architectura Libri Decem, c. 30 (森田慶一訳「建築論」、東海大学出版会。ラテン語と英語の対訳テキストは F. Granger, tr., Vitruvius on Architecture, Loeb Classical Library, London & Harvard がスタンダードなもの。学生向けの簡便な英訳としては Morris Hickey Morgan, tr., Vitruvius.. The Ten Books of Architecture, ed. Dover, New York がある。)
その比例の規範(「オーダー」Orderと呼ばれる。また円柱の形式自体も「オーダー」と呼ばれる)については第3講で述べる。
建築と文学とのアナロジイについては第6講で述べる。