第1講
建築の歴史と方法
―ウィトルウィウスからヴェントゥーリまで―
0.
はじめに
―タイプとスタイル―
建築は人間生活の容器であり、人間と密着しているため、人間そのものを考える場合と同様、大きく言ってその観方には二通りある。一つは、人間性の不変を信じることから、建築も同様に基本は変わらず、幾つかの基本的類型(「タイプ」Type)からなるはずであるとし、それらの類型の成り立ちやそれらの組み合わせ方の法則性に注目するもの(「共時的」捉え方)、もう一つは、人間生活の移ろい易さに注目し、それにつれて変化する建築の姿を様式(「スタイル」Style)として捉える観方(「通時的」捉え方)である。¶
通時的な捉え方は、西洋においては、「歴史」という概念が定着した18世紀以後の考え方であり、むしろ共時的な「タイプ」として捉えるのが、古くからの建築の一般的な観方であったということができる。産業革命が、人類文明は絶えず「進歩」すべきものであるという「進化」史観を人びとに植え付けたこともあって、近代においては、建築を固定的な「タイプ」に当てはめて考えるような観方は過去のものとなったかに見えるが、しかし建築は消費財とは違ってライフ・サイクルが長く、人間生活が変化したからといって直ちにそれに追随してスタイルが変わるわけではないし、建築創作に携わる人々も、多くの場合、その場限りのファッションとしてではなしに、より永続性のある新しい「タイプ」を創り出そうと努めてきているはずである。また建築が形作る生活環境、とりわけ都市については、歴史的な持続性と固有性が存在理由の大きな部分を占めており、その持続性を保証するものの一つとして、それぞれの都市を構成する建築の固有の「タイプ」がある。もとより建築はいつかは時代に追随して変わらざるを得ないし、建築のライフ・サイクルは都市のそれよりはるかに短く、そのときどきの姿は「スタイル」として我々の眼に映ってくるが、表面上のスタイルの変化にもかかわらず、その背後には、しぶとく生きつづけて都市の固有性を保証している建築の「タイプ」があり、それが失われたとき、もとの都市は存在理由を失うのである。¶
また別な言い方をするなら、通時的に捉えられた「スタイル」とは、建築が創り出されてきた様々な事情とはかかわりなく、「外側から」(「外在的に」)当てはめられた枠組みであるのに対し、共時的に把握された「タイプ」は、建築の内的特質とより深くかかわる(「内在的」な)捉え方であるということができる。なぜなら、建築の創作とは、基本的タイプの継承・再確認と新たなタイプの発見の作業に他ならないからである。もとより「スタイル」からも、その歴史的背景を深くつきつめてゆくことにより、成り立ちをかなり具体的に説明することはできるであろうが、その説明は精密であろうとすればするほど、建築固有の問題から離れてゆかざるを得ない注)1。従って、一般的な「文化史学」の一領域としてならば、「様式史」としての(つまり「外在的」な)建築史は可能であり、大いに意味を持つが、われわれ建築創作の場(建築の内側)に置かれたものとしては、そうした外在的な「様式史」の枠内の「建築史」にとどまっているわけには行かない。「様式史」の見取り図を手がかりとしつつも、そこではどのようにタイプの継承がなされていたのか、あるいはどのような新たなタイプが生み出されたのか、またそれはどのような契機からであったかにも眼を配ってゆく必要がある。¶
しかし、「スタイル」が多くの類似する例から共通する様相を帰納的に導き出すことで比較的容易に得られるのに対し、「タイプ」は表層的な類似の背後にある共通した何らかの図式ないしは「構造」といったものであって、これが様々な状況のなかで働いて多様なヴァリエーションを創り出しているため、それを抽出するのは高度に演繹的な抽象作業、あるいはそれぞれの建築についての深い理解が必要である。むしろ対象とする建築群の類似性・相似性よりも、個別の建築それぞれの独自性、特異性の認識が重要となる。また抽象化の度合いによってタイプは様々な違った姿で現れるのだから、その見取り図は決して一通りではない。むしろそれは見る側の角度、視点を変えるたびに無限の変化をもって現われてくることだろう。あるいはそれは既成の様式史によって与えられていた見取り図からはみ出したり、それを突き崩してしまうような可能性すらあるのであって、むしろそれに対する一種の「批評」としての役割を果たすことになるはずであり、新たな歴史構築のための手がかりとなるべきものである。ここで目標とするのは「批評としての歴史」(あるいは「建築史批判」)である。¶
こうしたことからこのたびの講義では、通常の様式変遷の通史ではなしに、時代の前後にかかわりなく、建築におけるタイプの創成や人々のタイプに対する眼差しということにかかわるような幾つかのトピックごとに、話題を展開してゆくこととしたい。そのため時間的制約もあって(西洋建築の全体像の概略をわずか一学期間の講義で伝えることなど不可能である!)、ここでは体系的な様式変遷史自体には詳しく触れる余裕がないし、それぞれの様式の代表的な建造物を洩れなく取り上げることも目標とはしない。それらの知識取得については各自の努力に期待するしかない。この講義は諸君のそうした自主的な学習の手がかりとなるものを提供するだけであり、諸君がこれを批判的に摂取し、各自のやり方で肉付けされるよう望みたい。¶
「スタイル」を内在的なものとして捉え、かつその「自律的発展」の法則を見出そうとする努力は、あとで触れるごとく、19世紀以来、ドイツの美術史家たちによって続けられてきたことであるが、それらは多くの場合、様式を支えた「時代精神」Zeitgeist あるいは民族性といった抽象的・観念的なものを導き出す方向に向かっている。そのことの意義はむげには否定しないが、われわれがここで望むのは直接に創造の契機に触れるようななにものかであり、それはスタイルの中からは取り出すことができない。ここで問題としておかなければならないのが、建築を広汎な文化史学の中のどのような位相においてとらえるのかということである。「様式」が云々されるときは、多くの場合その「美術史」的様式および「技術史」的様式が同時に問題とされているのであるが、そのいずれであっても、その視点は、建築固有の問題としてよりは、人びとの一般的な美意識ないしその時代における技術一般の発展段階という、「一般化された文化の様式」に向けられており、そのとき建築は、絵画における面や線・色彩、あるいは彫刻における量塊、技術における道具・機械などの一般的要素に分解されてしまっているのである。建築がそうした要素の厖大な集積からなるものであることは否定できないし、それら諸要素の個別分析なしには建築を説明できないことも確かであるが、おそらく建築の独自性はそれらの諸要素をどのように統合してゆくかというその統合の仕方にあるのであって、そうした統合作用のメカニズムに触れるような概念装置を措定しないかぎりは、われわれは建築の周りを堂々巡りするだけに終わってしまうことだろう。ここで「タイプ」概念にこだわるのは、そうした意味合いからでもある。これがどの程度まで有効な装置であるかは、この講義を通じて各人で判断していただくしかない。